2009年7月21日火曜日

僕は忌野清志郎を知らない

 どうも昔から活字や写真の清志郎に興味がない。なぜかを最近たまーに考える。昔はインタヴュー記事でも、本人が言ってないことを書いた書かれたと騒ぎになっていたし、そんな本当が疑わしいのを読む気になれなかった。じゃあ、自身が書いた本は?ってことだけど、これもこんな忙しい人が書く時間あるの!?ゴーストライターちゃうの!?と疑いだしたのが始まりだったと思う。
 もう一つ、その瞬間で止まってしまってるのがなんとなく嫌なんだ。写真や映像は歳をとらない。活字もその時期の想いが切りとられて時間が止まっている。CDの音源も時間は止まってるじゃん!確かにそうなんだ。だけど写真や活字の時間の止まりかたは生々しいっていうか。その時代に読むんだったら鮮度もあるけど、何年もたって読むのはなんか後ろ向きな感じがして。もうすんだことじゃん、みたいな。曲の中にある想いは、普遍的で永遠を感じる。それにRCにしろ忌野清志郎は、スタジオで作り込んだ作品が素晴らしいアーティストではなく、ストーンズのようにライヴパフォーマンスが素晴らしいアーティストだと 僕は感じてる。極端に言ってしまえば、ライヴ会場に行かない限り曲が聴けなくても納得出来るっていうか。
 好きになった人がどんなことを考えてるのかを知りたい欲求は当然だと思う。友達ならしゃべったらいい。でもそれが遠い存在の人なら、そういう媒体を通じてでなければ知れない。僕は、忌野清志郎に対しては、休みの日に何をしてようがアルバムのコンセプトとか、sexが上手いのか下手なのかそんなものはどうでもよかった。わりと定期的にアルバムが届けられていたから。メッセージは届いていたから。
 そう。もう届かないのだ。あなたのこれからを知りたくても叶わぬことになりました。困りましたねぇ。
 そんな最近。FRIDAYで違う人の目からみた忌野清志郎が語られてます。僕の知らない忌野清志郎が書かれてます。曲がうまれた背景も知りたいと思いはじめました。
 手始めにテレビブロスの増刊を買ってみました。
 
BGM 君が僕を知ってる RCサクセション

0 件のコメント:

コメントを投稿