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2017年1月9日月曜日

大回顧展

きのうから始まりました、デヴィッド・ボウイの大回顧展。


亡くなったことの表現方法として

「旅立つ」
「旅立った」

という言葉がありますが、これほどこの表現がぴったりな人はいないと思っています。

宇宙船に乗って故郷の星に帰った、、、地球での役目を終えて、他の惑星に音楽を届けに行った、、、

こんなマンガチックなことを真剣に思いました。


瞳孔が右目と左目で違うことにあらためて気づいた浅いファンですが、これからは奇抜な、目に見えるものではなく、詩の世界を読み解いていきたいと思います。

2014年11月25日火曜日

音楽一夜漬け

正しくは『音楽漬け一夜』でした。
渋谷毅さんと愉快な仲間たちとも言えるし、渋谷さんをみんなで愛でようとも言える、そんなお祭りに行ってきました。

いえでもね、朝からニカさんがゲスト出演のラジオ番組を2時間聴いて、そのあとライブ会場。
だいたい16時過ぎから始まり終演が23時。。。
7時間。
まさに一夜漬けな一日になりました。

2週間前。
渋谷WWWのイベントでのこと。
ニカさんが唄うってんでチケットを取りました。
その時に初めて、渋谷毅さんの名前を意識したのです。
その日は「オーケストラってあるし、にじみバンドとどれほど違うかなぁ。どんな音かな~」と軽~い気持ちで会場に。

もうね、びっくり。
気を抜いてたところにドッカンときました。
いぶし銀って、こんな音がするんだろうなと。
でも、変に丸まっちゃいない。エッジがある。なんていうか職人の音。
例えるなら宮大工のような『手』と『技』が合わさって、音が構築されていく感じ。

そんな渋谷毅オーケストラ。
大好きになり、急いでスターパインズカフェにチケット予約のメールを送信。

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渋谷さんの作った曲、携わった曲、たくさん知ってた。しかも歌える。
お名前は2週間前に意識したのに、こんなにも身近にあった。

おかあさんといっしょ、ピタゴラスイッチ。
観てた。
聴いてた。
覚えてる。

実はオザケンもLIFEだけ。ニカさんもぼちぼち旧譜を揃えてるけどクレジットは見ず。
なので、このお二人も渋谷さんと共演してたこと、2週間前に知った次第。。。

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一夜明けて書いてるけど、寄せては返す、すさまじい音の海だった。
何より、演奏者が笑ってる、観客も笑ってる、こんな音の空間、時間を経験したことがない。

笑い声も音楽の一部になってたなぁ。

この渋谷さんのお祭り、昨年が1回目で今年無事2回目を迎えることができたとのこと。
毎年恒例になってほしい。
ずっと、ずーっとやってほしい。

すばらしい一日でした。

そうそう、きのうの物販でやっとCD買えました。

今日もあしたも雨の予報。
あしたも仕事が休みになりそうなので、ひとりで音楽に漬かろうと思います。

2014年11月15日土曜日

たしか映画館だったはず


渋谷WWW。

その会場の渋谷WWWの4周年イベントのいっかんで、二階堂和美with渋谷毅オーケストラのLIVEに行ってきました。

オールスタンディングは久しぶり。
どのあたりで聴くかを毎回悩む。。。
もたれることができる、前にバーがある場所は入り込む余地なし。

ここで頭をよぎることが。

「ニカさん、『あなたと歩くの』のとき、ステージから客席に下りて握手するんだよな。。。」

この会場ではステージから下りにくいんじゃないか?
下りずともこの距離、手を伸ばせば、、、

と、前からほぼ中央2列目に決める。

今夜は2部構成。

前半は渋谷毅さん率いいるオーケストラのLIVE。
後半がニカさんとオーケストラの共演。(バックバンドなんてもんじゃないっすよ。)

恥ずかしながら渋谷さんの演奏を観るのも聴くのも初めて。。。
あんなに優しく軽やかに鍵盤をあやつる人を初めて観ました。

いやぁ、ホーン・セクションがグイグイ引っ張る。
すごい。
このメンバーでニカさんの曲がどんなふうにアレンジされるのか想像したけどできんかった。

ニカさん登場。
手染めのような青いワンピースに白いバラのコサージュがかわいい。
そして、誰よりも嬉しそう。
その気持が表情から、仕草からビンビン伝わる。

アレンジされた曲はこの時だけの音を奏で始める。
にじみバンドのホワっとした音も好きだけど、まだまだ若い音。
渋谷毅オーケストラはまさにいぶし銀。
あ、今思い浮かんだけど、ニカさんはまるで釈迦如来の手のひらで踊っている孫悟空のようだった。
幾重にもかさなる音の波に身を任せているようだった。
エッジもあるけど、包み込む優しい音を感じた。

すっごい厚みのある、熱い、ブアツイオーケストラの音だった。

で、ニカさんとの握手はどうだったかというと、、

できましたー\(^o^)/

ニカさんも「下りなくてもてが届く距離!」とかゆってたなー(^^)


遅まきながら、渋谷毅さんのCDを買います。
あと、ニカさんのハミング・スイッチとニカセトラも。

2014年9月17日水曜日

きのう届きました!

YUKIのニューアルバム!

今回はシングルを12インチで買ったので、アルバムもレコジャケサイズの特別版にしました!
YUKIのジャケ、えっちだわあ(〃▽〃)
ちょっと腰のところをあえてぼかすように撮ってみました!

裏ジャケはMOTTOエロいのよね。。。(〃▽〃)
困るわあ(〃▽〃)

早速聴いたんだけど、、、なんかピンとこなかった。。

自分でも意外だったんだけど、
これね、きっとニカさんの余韻があるからなんだと思うのよ。
ちょっとまだ切り替えができない。

YUKIつんのツアーにはまだまだ時間があるので、じっくり聴いていきたいと思います♪

2014年9月16日火曜日

まだまだ余韻

そうそう、劇場で思いだしたことが。
初日が終わってから自宅でニカさんのブログを読んだんだけど、そこに書いてあった。。。椅子に座ってしっかり聴いて☆ことが。(☆の意味も公式に(笑)

それでまた思い出したこと。
YUKIの「うれしくって抱きあうよツアー」でのこと。全員が立って踊りまくってたとき、「ねぇ、ちょっと座ってみて。わたしの足先まで見えるでしょ?」と観客に座って欲しいこと、そしてステージを隅々まで観て欲しい、歌をしっかり聴いて欲しいことを伝えていた。

YUKIさんのときも、あれ?会場の雰囲気がなんか違うなぁと思ってた。じゃあ今回のニカさんの場合も察しようよ、自分。
「椅子席の会場で歌いたかったの」
みたいなことを最初にゆってたやん。
初日のあと書いた自分のブログが幼いなぁと、、、。

自分の願望だけだった。反省。

2014年9月15日月曜日

東京グローブ座2日目

行ってきました!


電車に乗って、会場入口の前にいる間、今日は何人の人がくるんやろ、そんなことばかり考えてました。

「間も無く開場いたします。チケットをお持ちになって2列でお並びください」

と、スタッフの声が。
きのう買い逃したにかまんじゅう二ヶ入りを手に入れるため、いそいそと並ぶ。
ふと、列の前の人のチケットに目をやると、ぼくよりも後ろの席。しかも余裕で一ヶ月は前に予約したであろう、有名な「熱い係員」で買ったハンコが押してあった。

「え!?まじで!きのうの夜買ったぼくの方がステージに近い。。。こんなことあんの?なにこれ。。。」

んんー、予約はしたけど結局引き換えなかったキャンセルの席なんかなぁ。きっとそうだろう。

てなことを思ってるとドアオープン。買えるかなぁ、、、あ、まだある!あ!ふたつ手にした人がいる!売り切れた!がーん!

「あのぉ、二ヶ入りセットはもう無いですか?」
「こちら見本のものがあります。あ、ただ、ステッカーがありません」

見本も2つだけだ。

「ひとつください」
で、買えたステッカーなしのにかまんじゅう二ヶ入り。

残念だったけどうれしい。残念だけど。

席に向かう。
廊下の座席表と、座席の番号の番号と、チケットの番号を何度も確認する近い。やっぱり前から5列目だ。びっくり。

家族で来てる人が多い。劇場でスタンディングじゃないのが、子どもも連れてこれやすくなったんだろうねぇ。1歳児もいたよ。
あ、そうか、映画の影響だね。すごいねぇジブリは。

子ども、とくに乳幼児がいるとこういうコンサートに行きたくても行けない、というか身をひくお母さん多いと思う。泣く、泣かなくても「あー、うー」の声が響く。それをこころよく思わない人も多い。それがつらいから、かといって預けることも難しいからお母さんはコンサートを見送ると思う。

きのうも今日も、赤ちゃんの声がする。そのときにニカさんは

「いい声ねぇ。連れ出したりせずいてくださいね。私はそういう声は大歓迎よ」

なんていうフォローがあった。あったかい。

ステージのニカさんは、かっこよくて、優しくて、寛大で、あったかくて、変な踊りでおもしろくて、誰よりも楽しそうで、だからこっちも楽しくなって、それはそれは愛に満ちあふれた空間でした。

ちょっと時間を巻き戻し。
きのう、アンコールのときにリクエスト大会になった。そのとき会場から「李香蘭!」と声が響いた。
「何やろうかしら。蘇州夜曲かな」
と歌い出す。
そして今朝のワイドショー。李香蘭、、山口淑子さんが亡くなっていたというニュースが。

「これは、、、」

そして今日のアンコール。

「きのう、リクエストで李香蘭と声があったので蘇州夜曲をやったんです。そしたらきのうのニュースで山口淑子さんが亡くなったというニュースがあったんですってね。わたし、山口淑子さんがご存命だったの知りませんでした。一緒の時間を生きていたんだなぁと。
そんなようなことをおっしゃったあと、きっちりと蘇州夜曲を唄われました。

んー、書きたいことはまだあるけど、思いだしたときにとつとつ書いていきましょうかね。

2日目も行って本当によかった。

二階堂和美さん。本当にすばらしい時間をありがとうございます。
あなたと同じ時間を共有できたこと、この上ない幸せです。

歌のパレード♪



ニカさん(二階堂和美さん)のLIVEにいってきました。
渋谷クアトロでのLIVE以来。もう2年前、、、いや、今「にじみ」のCDみたら2011ってあるから3年前になるのか。
その間、インストアLIVE(かぐや姫のCDの発売のとき)と渋谷公会堂だったかで3つくらいレコード会社が集まったイベントがあったと思う。
ぼくはそのどれも行ってないんよね。。。なので丸3年ぶりにニカさんの生のステージでした、今日。

むちゃくちゃよかったー!

なんかリサイタルって感じだった。ぼくは立つ瞬間あるかな!?と探っていた。でも結局最後まで全員着席のままだった。ちょっと意外だったし、ひょっとして、それこそかぐや姫の物語からファンになった人が大勢だったのかしら…なんて感じたよ。
クアトロでは始めっから鳴り止まない拍手。みんな拍手をやめない。今日もそれに近い場面があったけど、みんなやめちゃった(笑)そらそうか(笑)

でも、じっとしてるのがつらかったわあ。立ちっぱなしもしんどいけど、踊りたいけど踊れないほうがつらいわ。
ぼくは踊りたいんです。

途中から「あしたも来ようかな」って考えてた。2階席でも全然かまわない。むしろ、そのほうが後ろに人がいないこともあるから踊りやすいだろうし、と。
でね、コンサートが終わってロビーに出ると、
「あしたの公演、前売りのお値段で販売しておりまーす」
とスタッフが叫んでる。

こないだニカさんの公式サイト見たとき、2日目はまだ余裕がある、と書いてあった。で、そのスタッフの声。
あ、もうこれは行くべきだと決断し、入り口横のチケットブースへ向かう。

「チケットください」

買ったチケットの席を見てびっくりした。
だってさっきの席よりも前だし正面になったし。。。
ステージに近づいたのは嬉しいけど、公演まであと24時間もしないうちに買ったほうがステージに近いなんて。。。
嬉しいけどなんだかさみしいなぁ。

書きたいことは色々浮かんでくるけどこの辺にしときます。

2日目も楽しみです!

2012年1月13日金曜日

びっくりした

気になった曲がこの人のカヴァーだと知った。
で、どんな人か知りたくなり、オフィシャルサイトに行ったりしてるうちにこの動画に行き着いた。

「うまい」とか「へた」とか「味がある」とか「個性的」とか、そんなどんな表現もあてはまらない、ほとばしる魂が身体を依り代にして唄ってるみたいだ。すごい。

DODDODO『ゆうひ』

2011年12月9日金曜日

最高の音

12月8日、YUKI LIVE 『MEGAPHONIC』2011に行ってきましたー。

いろいろあった。その、いろいろを受けて発表されたアルバム『MEGAPHONIC』のツアー。YUKIも特別な想いがあったはずだし、少なからずそれはアルバムから感じていた。
会場は代々木体育館。なんかね、いつもとは違う、武道館で感じるような空気ではないな、とも思ったり。
照明が落ちる。いつものように映像による演出がありスポットが照らした花道の先端にYUKIがいた。びっくりした(笑)

YUKI、飛ばしてるなぁと感じたんだ。んー、ギアがきちんと入ってないというか、アクセルは踏んでるけどニュートラル、いや、むしろいきなりトップギアだったような、気持ちと身体のバランスがズレてるみたいに。うん、でもそれくらいに身体は素直に反応してる結果ではないだろうか。抑えきれないほとばしりのような勢いを感じた。

いつもよりMCが少なかったかなぁ。
「言わなくてもわかるよね」と、無言でうったえてるようだ。だからずーっと唄ってた。

「愛しあってるかーーい?ベイビー!」

YUKIは叫んだ。このシャウトからぐっときた。なぜなら清志郎さんの代名詞ともいえるシャウトだからだ。

YUKIはあれから清志郎さんのことをあまり語ってこなかったと思う(僕が知らないだけかな)。
だから、うれ抱きツアーでみせたマントショーに驚いた。これは清志郎さんへのメッセージだと解釈した。
そして、このシャウト。なんだかそれまで、清志郎さんに対する想いをことばや体でどう表現していいかわからなかったのが、ようやく自分なりの答えのようなものが出たみたいだった。

「愛しあってるかーーい!?」

YUKIは二回叫んだ。
「今なら彼の、最高のKING OF ROCK 忌野清志郎さんの言ってることがよくわかる。人は誰かのためになりたい、優しくなりたいと思って努力する。それにきづいてからは…」と続いた。僕は胸がつまった。

YUKIのLIVEは、いつもたっぷりの愛で会場が満たされる。でも、今回は今までよりももっと大きく、深い愛を感じたんだ。優しくて、あったかい愛を。

今回のLIVEは30代最後のツアーだと言ってた。そして、来年ソロ10周年を迎えるとも。ひとつの終わりであり、始まりを迎えるツアーだったんだ。参加できてよかった。

この愛あふれる時間を知らない人はYUKI LIVEに行ったほうが良い。だってとても素晴らしいんだもの。

最高の音をありがとう!

2011年8月6日土曜日

ちょっと意識になかった

 地元も防災無線で黙祷をアナウンスしてたんだ。三鷹にも平和の像あるもんね。

 戦争を体験した人、原爆を体験した人の口は重く固い。それほど悲惨で地獄絵図だったんだろう。
ドキュメンタリーや諸外国のカメラマンが撮った写真や映像でみても、悲しみや惨めさは推測するしかない。
しかし、伝えていかねばならないこと。
 この国のお偉い人たちは、このことを風化させたいんじゃないか?と、ずいぶん前から感じている。
 忘れちゃだめだ。 

 いま、原理は爆弾と同じものが同じ日本で大変なことになっている。
 うそ、ウソ、嘘ばかりの情報。
 「ただちに影響はない」間違っちゃあいない。が、この言葉は未来をみていない。

 原子爆弾の放射能も、原発の放射線もじわじわ身体を蝕んでいく。

 今年は今までとは違う想いで今日の日を迎えた。
 
 ザ・タイマーズ / long time ago


この映像は1989年の広島ピースコンサートの模様らしい。
 このときからも22年が経ってしまったが、ようやくファッションではなく、本当のメッセージが伝わる時代になった、否、なってしまった。

2011年7月29日金曜日

半年間の成果

こないだの日曜日、ピアノの発表会がありました。

ちょっと回想。
夏のスクーリングにあわせて通い始めたピアノ教室の先生と、もうひとつ別の教室が、ほぼ毎年合同で開催しているそうな。まぁ、他の生徒さんはピアノマン、あ、ピアニストか、を目指してると思うのですよ。そのなかで僕は試験のためだけに通ってる、言わば通りすがりのようなポジション。なので、先生も最初から「飛び入りで参加してみませんか?いい経験になると想いますよ」と声をかけてくれたのです。
今後、子どもたちの前で弾くかもしれない予行演習みたいな感じになるかなぁ、それに使用するピアノがベッヒシュタインだとか。このピアノに触る機会なんてそうそうないだろうし、即OKしたのでした。その話が4月くらいだったかなぁ。そこからはバイエルだけでなく、課題曲にしたショパンの雨だれ(NHKテキストの編曲)を中心にレッスン。
なんとか暗譜もでき、先生も納得できるぐらいに最後まで弾けるようになった。

当日。
ひとりドタキャンで不参加があり、下は幼稚園?くらいから上は僕と同年代のセミプロの方まで、生徒総勢7名と先生がたの演奏。
天井が高いフロア。ステージがないのが、より緊張しなかったかも。
発表会前にリハーサルとはいえない5分くらい鍵盤を触る時間。そこで感触や椅子の高さを確かめる。僕は5番目。あっという間に順番がきた。腕、指が固い。ほぐせない。やるだけのことはやった。はじめの音を出すまでがこわかった。
14小節あたりでつっかえた。ここはなんなく弾けるはずだった。先生も後半を心配していたぐらい。もうね、何回弾き直してもだめ。指と鍵盤をみる。楽譜は目の前にある。でも見ない。みたら音符がたくさん目に飛び込んできて、余計に焦ると思ったから。6〜7回そこを弾きなおしただろうか。なんとか進めた。ここから記憶は断片的でよく覚えていない。前日まで、この部分は溜めようとか、強弱を心がけようとか考えてたのが、ぜーんぶ飛んだ(笑)
まーね、それでも始まれば終わるもんで、最後の音を出して、起立して一礼。
小学生たちも小さい手でよく弾けてたし、セミプロの人もすんごいグルーヴが出てた。

会場のセッティングも自分たちでやるので、イスを片付けたあとぼーっとしてたら、1人のお母さんが喋りかけてきてくれた。短期間であそこまで弾けるのは凄いって言ってくれた。いえいえ、まだまだです、なーんて謙遜なんかしませんよ。ありがとうございます。
お母さんとしゃべってたら、今日弾いた女の子の妹かな?がかけて来て、「あげる」と薔薇の花をくれた。びっくりした。男は僕だけだったから珍しかったのかなぁ。女性からお花をもらうのは初めてだったから嬉しかったー。

今日、当日の演奏を録音したやつを聴いた。今日まで聴けなかった。いやぁ、ひどい(笑)。つっかえまくってる。今聴いても変な汗がでたわ。
でも、いい時間だったなー。貴重な経験をさせてもらった。こんどはちゃんとやりたいね。んん?今度?(笑)

そんなピアノ教室も今日でひとまず最後。お世話になりました。たとえ10分でも毎日弾くようにします。ありがとうございました。

2010年10月31日日曜日

台風一過

 とは程遠い曇天の東京。ほんまに台風やったんやろか。

 今、ノーパソでUSTREAM中。坂本龍一のシアトルでのLIVE配信。
いやぁ、すごい時代だねー。しかも稀に観る…いや、聴く音のよさ。パソのスピーカーからってのがもったいない。

 そんな日曜の昼下がり、この音をBGMにしてレポートをやろうかと。つか、こんな素晴らしい演奏をながらで聴くなんてばち当たんで。

2010年9月19日日曜日

うれしくって抱きあうよ




 YUKI LIVEに行って来ましたぁ。仕事を休んで。

 今回はCDにチケット先行予約の半券がはいっているっていうのを随分あとで知り、一般発売の日も仕事で電話なんか出来るわけもない。なんでも10分でソールドアウトだったそうだ。
その日からずーーっともやもやしておりました。行きたいねぇ。またヤフオクかぁなんて感じで。

 で、学校にあたふたしてるあいだに東京公演が迫ってきました。9月13、14。あいて17,18日。もういい!行こう!と決断したのが9月4日。で、行ったのが18日。ばたばた。

 今回は武道館じゃなく東京国際フォーラム。この事実を知ったときから、ん?広い。アルバムにもJAZZヴォーカルの曲もあるし、なんか違うかも。と漠然と考えてました。

 席は2階席。この会場は2回目。前回はジョアン・ジルベルト初来日のときで、1階の前から5列目とかだった。後ろを見上げると広かった印象があるけど、実際に2階から下を観ると高い!ビルの3階くらいの落差があった。僕の席よりまだ後ろの人は4階5階くらいに感じたんじゃないだろうか。

 ホールツアーはOPが幻想的。照明が落ち、総立ち。今回は影絵。うっとりします。緞帳が上がり拍手の音が夕立のよう。

 4,5曲唄った後、このステージ、アルバムの根っこにある想いを語りだしました。人の手が創り出すもののあたたかさ、しなやかさ、音楽の媒体がレコード、CD、データに圧縮されても、形は様々でも、そこに込めた想いは圧縮されない、変わらないと信じてる。といったようなことをいいました。
 そして、ステージは紙芝居のようにしたかったといいました。このひとことを聴いて、なぜ国際フォーラムなのか合点がいきました。

 紙芝居は正面から観るもの。このあいだのスクーリングでも習いました。
 武道館は8角形。東西南北の北側にステージを組む。すると、ほぼ真横から観ることになる人がいる。国際フォーラムは席の前にステージがあるから全員が正面から観ることができる。

 そして、YUKIはこんなひとことも付け加えました。ちょっと座ってみて。また違った風に見えるでしょ?わたしの足先までみえるでしょ?

 うれしくって抱きあうよツアーは、踊るだけじゃなく、しっかり聴いて欲しい。きちんと観て欲しい。そんな気持ちがひしひしと伝わってきました。というのも、曲自体もストリングスがメインのものが多い。だいたいこの会場はそういう音に強い会場だと思います。すべてがはじめから計算されてのことだったのです。また、今までのパターンを壊したかったのかもしれません。なぜならいつもは盛り上がりが最高潮のときにやる曲をあっさり前にもってきて、しかもしっとりとしたJAZZのアレンジにしたんですから。

 今回のアルバムで大好きな曲は、唯一ともいえるダンスナンバーの、前述したJAZZヴォーカルの「恋愛模様」です。僕はこの曲で踊れるだけでいい、とすら思ってました。この曲の間奏で、それぞれの楽器がアドリブでグイグイ引っ張るさまを想像するだけでわくわくしていました。
 その曲はアンコールで、しかも最後の曲でした。僕は最後までじらされたわけです。
 コール&レスポンスで盛り上げ、スキャットでオリジナルを歌い上げて、雰囲気をジャズクラブにします。1回目の間奏でメンバー紹介。そのあと一番驚いたことがありました。なんとマントショーが始まったのです。
 ステージに倒れこむYUKI。舞台袖からスーツ姿の男が真っ赤なマントをYUKIにかける。起き上がり、うなだれて肩をたたかれ、袖に引っ込むかと思いきや、後ろ足で中央まで戻る。マントをガバァと脱ぐ!僕は、このパフォーマンスは清志郎さんへのメッセージではないかと感じました。なぜならこの元ネタはJBだからです。いえ、YUKIにファンクがあわないってことじゃないんです。ただ、あまりにも突然のことで、清志郎さんのようにお約束のことでもないし、ストレートに考えたら清志郎さんしかない!と思うのが普通かなとおもったのです。
 おもえば、だんなさんは公式の追悼コメントを寄せてましたが、YUKIは沈黙をまもっていました。こういう形でのメッセージがYUKIらしいなぁと感じました。
 3回は繰り返すかと思ったんですが、2回で終わって残念でした(^ω^)

 YUKIのLIVEは会場が愛いっぱいに包まれるから心地いいんです。清志郎さんとはまた違う愛の空気がある。

 今回もすてきな時間と空間をありがとう。

2010年8月6日金曜日

広島

 こんな唄もあるんですよ。
僕は20年以上前の清志郎さんの番組か三宅伸治さんの番組か、まーそんなことはどっちでもいいことかもしれんけど、そこでかかってから今までラジオから聴いた事のない唄。こんな唄をかける局は、人はいないんだろうか。

歌詞はだいたいこんな感じ。

エノラ・ゲイ
お前は飛び立つべきではなかった
こんな形で終わらせていいのかい?
ラジオで言ってた。8時15分に無事に終わってこれから戻るって事を

OMD - Enola Gay (live)

2010年7月28日水曜日

虫が知らせたわけではないが

 癌になったらどうするかなー、って漠然と考えながらペンキを塗り塗り。
インターフェロンなんか使うんかなぁ、切るんかなー、いや、玄米菜食やマクロで癌とうまく付き合いながら治していきたい。現代科学やサプリメントの力は多用せず、代替医療の力で自己を見つめつつ治したい。

 と、結論ではないけどひとます考えが落ち着いたところに親方が帰ってきた。

「桑田圭祐に食道癌がみつかったってよぉ。初期らしいけど」

 えっ!?

 なんか不思議だったなー。

 桑田さんはタバコすわはるんだろうか。お酒のまはるんだろうか。桑田さんて50歳くらいかな?

 日本人に大腸癌が増えてきたと何年も前に耳にしたことある。食文化の欧米化も原因にあげられるけど、70、80まで生きてると癌にもなる。寿命が延びてるんだから。っていうのを聞いた事がある。
戦前戦後で50歳っていったらもう晩年のころだっただろう。今は人生80年だもんなー。溜め込んだストレスや原因物質が悪さしてもおかしくない長さだと思ったり。

 10月からのツアーをキャンセルです。しっかり治して唄ってほしいもんです。

2010年7月12日月曜日

30周年

あれは登校拒否をしていた日。なーんにもすることがなく夕方の再放送のドラマを観ていた。

「刑事ヨロシク」

ビートたけしやケーシー高峰らがでていた太陽にほえろをパロったもの。それにでていた「お通夜」とよばれるお茶くみ役に釘付け。いっぺんに好きになった。エンドテロップで名前を探し「戸川純」という名前を覚えた。それから少しして、清涼飲料水の「スイートキッス」のCMで、はっとした。
 「戸川純や!」
 ソロではなくゲルニカのプロモーションの一貫だったんだよねー。

 それまで聴いていたのはアリスに井上陽水、中島みゆきやなんかのフォーク。ニューウェーブなんてジャンルがあることなんて知るよしもない。好きになったはいいけどインターネットなんて夢の時代。中2やから金もなし。しかも学校にも行ってないから情報を手に入れるのは限られていた。

 それからどれくらい時間が流れたかなー。高校のときはアニメ漬けやったし、戸川純の名前を出すのはなんとなくはばかれた。

 あー今思い出した。高校卒業してプーしてたときに、ゲーセンでグラディウスやってるとき向かいに座ってきた(当時、2Pはテーブルの向かいでの対面)女の子に逆ナンされたんよ。その子が戸川純を好きっていうので、眠ってた想いが一気に加速。テープをもらってからレコードを買いだしたんやった。
 なんか、すっぱい想い出やなー(*´ω`*)

 翌年、美術の専門学校にいくとあらゆる世界が広がったなー。あ、ちょっと脱線していきそうなのでちょいとストップ。

 かなりおっかけた。ライヴはもちろん、イヴェントにでるんなら駆けつけたし、映画も観たし。
 でもバンド活動のほうは、ギターが脱退すると同時におっかけるのをやめた。

 そうこうしてるうちに東京へいく決心がつき、アニメの仕事におわれながら、大阪では観れなかった独り舞台を観覧したりして「東京来てよかったなぁ」と想ったもんです。
 
 忘れかけたときに、2年まえやったかな?伝説のライヴハウス「ナイロン100% 誕生40年」だかのイヴェントの情報を知る。当時、そこを拠点に活躍していた人たちが、同窓会のように集まる2ディズ。その1日に戸川純の名前をみつけたので久しぶりにわくわくした。

 当日は6時間にも及び、脚と腰がとっくに限界に達したおおとりで出てきました。
愕然とした。激太り。なんでも腰をいわし、脚を複雑骨折し、ダイエットから拒食になってしまい、処方された薬が食欲増進剤のため太ってしまったと告白。知らなんだ。こんなことになってたなんて。
 立ってられないので椅子に腰掛け、それでも唄う。いやーもう、声も出てないし痛々しいし、終始「うっわーー」という想いで聴いていた。

 それ以降、ちらちらライヴで名前を見かけたけど追いかけることはせぇへんかった。だから今回のライヴも見送っていた。んー、でも急に気持ちがかわったんよねー。行こうって決めた。だってさ、デヴュー30周年の記念の年です。そのうち僕は28年くらい好きでいるんだもの。だからおととい行ってきた。



 おっさんなんでもたれることが出来る場所をってんで、柱の横をキープ。よく観れる観れないじゃなく身体優先です。以前よりはだいぶ落ちつかはったかなぁと聴いてたら、2週間前まで拒食でようやく食べられるようになった。とのこと。そっか。いろいろあるよ。でも前より声もでてると感じた。座ってあの声量があるってすごいと想うよ。




 なつかしめの曲も多く、往年のファンにも大満足でした。会場の年齢層はやっぱ高め(^ω^)そらそうだよね。みんなおんなじ時間を過ごしてきたんやから。ストーンズや清志郎さんは親子2世代の姿も多いけど、戸川純もあと10年するとそんなファンもみかけるようになるかもねー。親子でおんなじ曲を聴けるって素晴らしいと想うよ。

 僕はあなたがどんな姿になろうとも、それで判断しません。僕の永遠のアイドルなんですから。

2010年6月18日金曜日

意味は「花」

 いいねー、UA。
僕が東京デヴューしたころにデヴューしたんだよ、確か。J-WAVEでもよくかかってた。
んー、でも聴いてるのはこの7~8年のもの。長野に居をかまえての音ですな。全体的にいいグルーヴっていうか、ユッタリズムがあると感じる。
 ちなみに。長野に移ったのは子育てのためだとか。シュタイナー教育を実践してるみたい。

 きのう初めてヒトカラしてきた。受付でなんか緊張したなー。その帰りに、このさいUAのCD買おうと飛び込んだ中古屋で運よくエンカウント。2枚買いました。

2010年1月30日土曜日

ベランダから

 なにやら今日の満月はブルームーンとか言うそうです。ひと月に二度満月になるのは珍しいため、こう呼ばれてるそうな。見れば幸運が訪れる満月だって。
 鉱物の塊でしかないのに、地上から見上げる月に世界中の人が想いをはせる。なんだか素敵じゃないですか♪
 BGM 夜の散歩をしないかね RCサクセション

2009年11月15日日曜日

ながら族

 昔から試験勉強をしながら音楽を聴いていたせいか、音がないとなんとなく落ち着かない。
 絵を描いてるときはラジオでもロックや歌謡曲となんでもよかったんだが、勉強となると音を選ぶ。喋り声のラジオはだめで、ロックなんかも耳を奪われる。いろいろためしてみて落ち着いたのがクラシックやオペラ。
 んー、インストってことではアンビエントもよさげなんだがも一つに感じた。
 ところで交響曲は随所に曲の展開があるけれど、そこに耳は奪われない。しっかり聴きだせば聴きいってしまうんだろうけど、幸いに?今のところクラシックの耳はもってないのでテキストに集中できる。
 クラシックを選ぶ基準は大きくわけてカルテットやクィンテットかオーケストラ。また作曲家や指揮者だと想う。交響曲がほしかったので、まずはカラヤンだろう。また、ジャンル問わずライヴ音源が好きなので1965年と67年の東京での公演を収録したバイエルン放送交響楽団とモスクワ・フィルのものをチョイス。
 なんか素敵です。クラシックはアンプやスピーカーにこだわりたくなるのが解りました。

2009年11月6日金曜日

パート1とパート2

 こないだ今まで疑問に感じてなかったことに「はっ」と気づかされた。
 忌野清志郎&2・3'sに入ってる『あの娘が結婚してしまうパート2』のこと。単にこの前にボツがあって『その2』的にパート2としたのかと思っていたら、twitterのフォロワーさんが「古井戸にあの娘が結婚してしまうのパート1がある」と言っていて調べたらあった。全っ然知らんかった。んで買った。
 2・3'sのほうが少し長く書き足されているが歌詞は一緒。歌は仲井戸'チャボ'麗市。この時期、歌声にコンプレックスをもっていたチャボさんだったので意外だった。でもうれしや。
 実はこのレコード、何年か前に一度手にとっている。曲までしっかり見てなかったので棚に戻してしまった。以来あまり見かけなくなった。素敵な一枚が買えました。
 古井戸、集めようと思う。