2017年1月9日月曜日
大回顧展
亡くなったことの表現方法として
「旅立つ」
「旅立った」
という言葉がありますが、これほどこの表現がぴったりな人はいないと思っています。
宇宙船に乗って故郷の星に帰った、、、地球での役目を終えて、他の惑星に音楽を届けに行った、、、
こんなマンガチックなことを真剣に思いました。
瞳孔が右目と左目で違うことにあらためて気づいた浅いファンですが、これからは奇抜な、目に見えるものではなく、詩の世界を読み解いていきたいと思います。
2014年11月25日火曜日
音楽一夜漬け
渋谷毅さんと愉快な仲間たちとも言えるし、渋谷さんをみんなで愛でようとも言える、そんなお祭りに行ってきました。
いえでもね、朝からニカさんがゲスト出演のラジオ番組を2時間聴いて、そのあとライブ会場。
だいたい16時過ぎから始まり終演が23時。。。
7時間。
まさに一夜漬けな一日になりました。
2週間前。
渋谷WWWのイベントでのこと。
ニカさんが唄うってんでチケットを取りました。
その時に初めて、渋谷毅さんの名前を意識したのです。
その日は「オーケストラってあるし、にじみバンドとどれほど違うかなぁ。どんな音かな~」と軽~い気持ちで会場に。
もうね、びっくり。
気を抜いてたところにドッカンときました。
いぶし銀って、こんな音がするんだろうなと。
でも、変に丸まっちゃいない。エッジがある。なんていうか職人の音。
例えるなら宮大工のような『手』と『技』が合わさって、音が構築されていく感じ。
そんな渋谷毅オーケストラ。
大好きになり、急いでスターパインズカフェにチケット予約のメールを送信。
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渋谷さんの作った曲、携わった曲、たくさん知ってた。しかも歌える。
お名前は2週間前に意識したのに、こんなにも身近にあった。
おかあさんといっしょ、ピタゴラスイッチ。
観てた。
聴いてた。
覚えてる。
実はオザケンもLIFEだけ。ニカさんもぼちぼち旧譜を揃えてるけどクレジットは見ず。
なので、このお二人も渋谷さんと共演してたこと、2週間前に知った次第。。。
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一夜明けて書いてるけど、寄せては返す、すさまじい音の海だった。
何より、演奏者が笑ってる、観客も笑ってる、こんな音の空間、時間を経験したことがない。
笑い声も音楽の一部になってたなぁ。
この渋谷さんのお祭り、昨年が1回目で今年無事2回目を迎えることができたとのこと。
毎年恒例になってほしい。
ずっと、ずーっとやってほしい。
すばらしい一日でした。
2014年11月15日土曜日
たしか映画館だったはず
その会場の渋谷WWWの4周年イベントのいっかんで、二階堂和美with渋谷毅オーケストラのLIVEに行ってきました。
オールスタンディングは久しぶり。
どのあたりで聴くかを毎回悩む。。。
もたれることができる、前にバーがある場所は入り込む余地なし。
ここで頭をよぎることが。
「ニカさん、『あなたと歩くの』のとき、ステージから客席に下りて握手するんだよな。。。」
この会場ではステージから下りにくいんじゃないか?
下りずともこの距離、手を伸ばせば、、、
と、前からほぼ中央2列目に決める。
今夜は2部構成。
前半は渋谷毅さん率いいるオーケストラのLIVE。
後半がニカさんとオーケストラの共演。(バックバンドなんてもんじゃないっすよ。)
恥ずかしながら渋谷さんの演奏を観るのも聴くのも初めて。。。
あんなに優しく軽やかに鍵盤をあやつる人を初めて観ました。
いやぁ、ホーン・セクションがグイグイ引っ張る。
すごい。
このメンバーでニカさんの曲がどんなふうにアレンジされるのか想像したけどできんかった。
ニカさん登場。
手染めのような青いワンピースに白いバラのコサージュがかわいい。
そして、誰よりも嬉しそう。
その気持が表情から、仕草からビンビン伝わる。
アレンジされた曲はこの時だけの音を奏で始める。
にじみバンドのホワっとした音も好きだけど、まだまだ若い音。
渋谷毅オーケストラはまさにいぶし銀。
あ、今思い浮かんだけど、ニカさんはまるで釈迦如来の手のひらで踊っている孫悟空のようだった。
幾重にもかさなる音の波に身を任せているようだった。
エッジもあるけど、包み込む優しい音を感じた。
すっごい厚みのある、熱い、ブアツイオーケストラの音だった。
で、ニカさんとの握手はどうだったかというと、、
できましたー\(^o^)/
ニカさんも「下りなくてもてが届く距離!」とかゆってたなー(^^)
遅まきながら、渋谷毅さんのCDを買います。
あと、ニカさんのハミング・スイッチとニカセトラも。
2014年9月17日水曜日
きのう届きました!
2014年9月16日火曜日
まだまだ余韻
2014年9月15日月曜日
東京グローブ座2日目
歌のパレード♪
2012年1月13日金曜日
びっくりした
で、どんな人か知りたくなり、オフィシャルサイトに行ったりしてるうちにこの動画に行き着いた。
「うまい」とか「へた」とか「味がある」とか「個性的」とか、そんなどんな表現もあてはまらない、ほとばしる魂が身体を依り代にして唄ってるみたいだ。すごい。
DODDODO『ゆうひ』
2011年12月9日金曜日
最高の音
いろいろあった。その、いろいろを受けて発表されたアルバム『MEGAPHONIC』のツアー。YUKIも特別な想いがあったはずだし、少なからずそれはアルバムから感じていた。
会場は代々木体育館。なんかね、いつもとは違う、武道館で感じるような空気ではないな、とも思ったり。
照明が落ちる。いつものように映像による演出がありスポットが照らした花道の先端にYUKIがいた。びっくりした(笑)
YUKI、飛ばしてるなぁと感じたんだ。んー、ギアがきちんと入ってないというか、アクセルは踏んでるけどニュートラル、いや、むしろいきなりトップギアだったような、気持ちと身体のバランスがズレてるみたいに。うん、でもそれくらいに身体は素直に反応してる結果ではないだろうか。抑えきれないほとばしりのような勢いを感じた。
いつもよりMCが少なかったかなぁ。
「言わなくてもわかるよね」と、無言でうったえてるようだ。だからずーっと唄ってた。
「愛しあってるかーーい?ベイビー!」
YUKIは叫んだ。このシャウトからぐっときた。なぜなら清志郎さんの代名詞ともいえるシャウトだからだ。
YUKIはあれから清志郎さんのことをあまり語ってこなかったと思う(僕が知らないだけかな)。
だから、うれ抱きツアーでみせたマントショーに驚いた。これは清志郎さんへのメッセージだと解釈した。
そして、このシャウト。なんだかそれまで、清志郎さんに対する想いをことばや体でどう表現していいかわからなかったのが、ようやく自分なりの答えのようなものが出たみたいだった。
「愛しあってるかーーい!?」
YUKIは二回叫んだ。
「今なら彼の、最高のKING OF ROCK 忌野清志郎さんの言ってることがよくわかる。人は誰かのためになりたい、優しくなりたいと思って努力する。それにきづいてからは…」と続いた。僕は胸がつまった。
YUKIのLIVEは、いつもたっぷりの愛で会場が満たされる。でも、今回は今までよりももっと大きく、深い愛を感じたんだ。優しくて、あったかい愛を。
今回のLIVEは30代最後のツアーだと言ってた。そして、来年ソロ10周年を迎えるとも。ひとつの終わりであり、始まりを迎えるツアーだったんだ。参加できてよかった。
この愛あふれる時間を知らない人はYUKI LIVEに行ったほうが良い。だってとても素晴らしいんだもの。
最高の音をありがとう!
2011年8月6日土曜日
ちょっと意識になかった
戦争を体験した人、原爆を体験した人の口は重く固い。それほど悲惨で地獄絵図だったんだろう。
ドキュメンタリーや諸外国のカメラマンが撮った写真や映像でみても、悲しみや惨めさは推測するしかない。
しかし、伝えていかねばならないこと。
この国のお偉い人たちは、このことを風化させたいんじゃないか?と、ずいぶん前から感じている。
忘れちゃだめだ。
いま、原理は爆弾と同じものが同じ日本で大変なことになっている。
うそ、ウソ、嘘ばかりの情報。
「ただちに影響はない」間違っちゃあいない。が、この言葉は未来をみていない。
原子爆弾の放射能も、原発の放射線もじわじわ身体を蝕んでいく。
今年は今までとは違う想いで今日の日を迎えた。
ザ・タイマーズ / long time ago
この映像は1989年の広島ピースコンサートの模様らしい。
このときからも22年が経ってしまったが、ようやくファッションではなく、本当のメッセージが伝わる時代になった、否、なってしまった。
2011年7月29日金曜日
半年間の成果
ちょっと回想。
夏のスクーリングにあわせて通い始めたピアノ教室の先生と、もうひとつ別の教室が、ほぼ毎年合同で開催しているそうな。まぁ、他の生徒さんはピアノマン、あ、ピアニストか、を目指してると思うのですよ。そのなかで僕は試験のためだけに通ってる、言わば通りすがりのようなポジション。なので、先生も最初から「飛び入りで参加してみませんか?いい経験になると想いますよ」と声をかけてくれたのです。
今後、子どもたちの前で弾くかもしれない予行演習みたいな感じになるかなぁ、それに使用するピアノがベッヒシュタインだとか。このピアノに触る機会なんてそうそうないだろうし、即OKしたのでした。その話が4月くらいだったかなぁ。そこからはバイエルだけでなく、課題曲にしたショパンの雨だれ(NHKテキストの編曲)を中心にレッスン。
なんとか暗譜もでき、先生も納得できるぐらいに最後まで弾けるようになった。
当日。
ひとりドタキャンで不参加があり、下は幼稚園?くらいから上は僕と同年代のセミプロの方まで、生徒総勢7名と先生がたの演奏。
天井が高いフロア。ステージがないのが、より緊張しなかったかも。
発表会前にリハーサルとはいえない5分くらい鍵盤を触る時間。そこで感触や椅子の高さを確かめる。僕は5番目。あっという間に順番がきた。腕、指が固い。ほぐせない。やるだけのことはやった。はじめの音を出すまでがこわかった。
14小節あたりでつっかえた。ここはなんなく弾けるはずだった。先生も後半を心配していたぐらい。もうね、何回弾き直してもだめ。指と鍵盤をみる。楽譜は目の前にある。でも見ない。みたら音符がたくさん目に飛び込んできて、余計に焦ると思ったから。6〜7回そこを弾きなおしただろうか。なんとか進めた。ここから記憶は断片的でよく覚えていない。前日まで、この部分は溜めようとか、強弱を心がけようとか考えてたのが、ぜーんぶ飛んだ(笑)
まーね、それでも始まれば終わるもんで、最後の音を出して、起立して一礼。
小学生たちも小さい手でよく弾けてたし、セミプロの人もすんごいグルーヴが出てた。
会場のセッティングも自分たちでやるので、イスを片付けたあとぼーっとしてたら、1人のお母さんが喋りかけてきてくれた。短期間であそこまで弾けるのは凄いって言ってくれた。いえいえ、まだまだです、なーんて謙遜なんかしませんよ。ありがとうございます。
お母さんとしゃべってたら、今日弾いた女の子の妹かな?がかけて来て、「あげる」と薔薇の花をくれた。びっくりした。男は僕だけだったから珍しかったのかなぁ。女性からお花をもらうのは初めてだったから嬉しかったー。
今日、当日の演奏を録音したやつを聴いた。今日まで聴けなかった。いやぁ、ひどい(笑)。つっかえまくってる。今聴いても変な汗がでたわ。
でも、いい時間だったなー。貴重な経験をさせてもらった。こんどはちゃんとやりたいね。んん?今度?(笑)
そんなピアノ教室も今日でひとまず最後。お世話になりました。たとえ10分でも毎日弾くようにします。ありがとうございました。
2010年10月31日日曜日
台風一過
今、ノーパソでUSTREAM中。坂本龍一のシアトルでのLIVE配信。
いやぁ、すごい時代だねー。しかも稀に観る…いや、聴く音のよさ。パソのスピーカーからってのがもったいない。
そんな日曜の昼下がり、この音をBGMにしてレポートをやろうかと。つか、こんな素晴らしい演奏をながらで聴くなんてばち当たんで。
2010年9月19日日曜日
うれしくって抱きあうよ

YUKI LIVEに行って来ましたぁ。仕事を休んで。
今回はCDにチケット先行予約の半券がはいっているっていうのを随分あとで知り、一般発売の日も仕事で電話なんか出来るわけもない。なんでも10分でソールドアウトだったそうだ。
その日からずーーっともやもやしておりました。行きたいねぇ。またヤフオクかぁなんて感じで。
で、学校にあたふたしてるあいだに東京公演が迫ってきました。9月13、14。あいて17,18日。もういい!行こう!と決断したのが9月4日。で、行ったのが18日。ばたばた。
今回は武道館じゃなく東京国際フォーラム。この事実を知ったときから、ん?広い。アルバムにもJAZZヴォーカルの曲もあるし、なんか違うかも。と漠然と考えてました。
席は2階席。この会場は2回目。前回はジョアン・ジルベルト初来日のときで、1階の前から5列目とかだった。後ろを見上げると広かった印象があるけど、実際に2階から下を観ると高い!ビルの3階くらいの落差があった。僕の席よりまだ後ろの人は4階5階くらいに感じたんじゃないだろうか。
ホールツアーはOPが幻想的。照明が落ち、総立ち。今回は影絵。うっとりします。緞帳が上がり拍手の音が夕立のよう。
4,5曲唄った後、このステージ、アルバムの根っこにある想いを語りだしました。人の手が創り出すもののあたたかさ、しなやかさ、音楽の媒体がレコード、CD、データに圧縮されても、形は様々でも、そこに込めた想いは圧縮されない、変わらないと信じてる。といったようなことをいいました。
そして、ステージは紙芝居のようにしたかったといいました。このひとことを聴いて、なぜ国際フォーラムなのか合点がいきました。
紙芝居は正面から観るもの。このあいだのスクーリングでも習いました。
武道館は8角形。東西南北の北側にステージを組む。すると、ほぼ真横から観ることになる人がいる。国際フォーラムは席の前にステージがあるから全員が正面から観ることができる。
そして、YUKIはこんなひとことも付け加えました。ちょっと座ってみて。また違った風に見えるでしょ?わたしの足先までみえるでしょ?
うれしくって抱きあうよツアーは、踊るだけじゃなく、しっかり聴いて欲しい。きちんと観て欲しい。そんな気持ちがひしひしと伝わってきました。というのも、曲自体もストリングスがメインのものが多い。だいたいこの会場はそういう音に強い会場だと思います。すべてがはじめから計算されてのことだったのです。また、今までのパターンを壊したかったのかもしれません。なぜならいつもは盛り上がりが最高潮のときにやる曲をあっさり前にもってきて、しかもしっとりとしたJAZZのアレンジにしたんですから。
今回のアルバムで大好きな曲は、唯一ともいえるダンスナンバーの、前述したJAZZヴォーカルの「恋愛模様」です。僕はこの曲で踊れるだけでいい、とすら思ってました。この曲の間奏で、それぞれの楽器がアドリブでグイグイ引っ張るさまを想像するだけでわくわくしていました。
その曲はアンコールで、しかも最後の曲でした。僕は最後までじらされたわけです。
コール&レスポンスで盛り上げ、スキャットでオリジナルを歌い上げて、雰囲気をジャズクラブにします。1回目の間奏でメンバー紹介。そのあと一番驚いたことがありました。なんとマントショーが始まったのです。
ステージに倒れこむYUKI。舞台袖からスーツ姿の男が真っ赤なマントをYUKIにかける。起き上がり、うなだれて肩をたたかれ、袖に引っ込むかと思いきや、後ろ足で中央まで戻る。マントをガバァと脱ぐ!僕は、このパフォーマンスは清志郎さんへのメッセージではないかと感じました。なぜならこの元ネタはJBだからです。いえ、YUKIにファンクがあわないってことじゃないんです。ただ、あまりにも突然のことで、清志郎さんのようにお約束のことでもないし、ストレートに考えたら清志郎さんしかない!と思うのが普通かなとおもったのです。
おもえば、だんなさんは公式の追悼コメントを寄せてましたが、YUKIは沈黙をまもっていました。こういう形でのメッセージがYUKIらしいなぁと感じました。
3回は繰り返すかと思ったんですが、2回で終わって残念でした(^ω^)
YUKIのLIVEは会場が愛いっぱいに包まれるから心地いいんです。清志郎さんとはまた違う愛の空気がある。
今回もすてきな時間と空間をありがとう。
2010年8月6日金曜日
広島
僕は20年以上前の清志郎さんの番組か三宅伸治さんの番組か、まーそんなことはどっちでもいいことかもしれんけど、そこでかかってから今までラジオから聴いた事のない唄。こんな唄をかける局は、人はいないんだろうか。
歌詞はだいたいこんな感じ。
エノラ・ゲイ
お前は飛び立つべきではなかった
こんな形で終わらせていいのかい?
ラジオで言ってた。8時15分に無事に終わってこれから戻るって事を
OMD - Enola Gay (live)
2010年7月28日水曜日
虫が知らせたわけではないが
インターフェロンなんか使うんかなぁ、切るんかなー、いや、玄米菜食やマクロで癌とうまく付き合いながら治していきたい。現代科学やサプリメントの力は多用せず、代替医療の力で自己を見つめつつ治したい。
と、結論ではないけどひとます考えが落ち着いたところに親方が帰ってきた。
「桑田圭祐に食道癌がみつかったってよぉ。初期らしいけど」
えっ!?
なんか不思議だったなー。
桑田さんはタバコすわはるんだろうか。お酒のまはるんだろうか。桑田さんて50歳くらいかな?
日本人に大腸癌が増えてきたと何年も前に耳にしたことある。食文化の欧米化も原因にあげられるけど、70、80まで生きてると癌にもなる。寿命が延びてるんだから。っていうのを聞いた事がある。
戦前戦後で50歳っていったらもう晩年のころだっただろう。今は人生80年だもんなー。溜め込んだストレスや原因物質が悪さしてもおかしくない長さだと思ったり。
10月からのツアーをキャンセルです。しっかり治して唄ってほしいもんです。
2010年7月12日月曜日
30周年
「刑事ヨロシク」
ビートたけしやケーシー高峰らがでていた太陽にほえろをパロったもの。それにでていた「お通夜」とよばれるお茶くみ役に釘付け。いっぺんに好きになった。エンドテロップで名前を探し「戸川純」という名前を覚えた。それから少しして、清涼飲料水の「スイートキッス」のCMで、はっとした。
「戸川純や!」
ソロではなくゲルニカのプロモーションの一貫だったんだよねー。
それまで聴いていたのはアリスに井上陽水、中島みゆきやなんかのフォーク。ニューウェーブなんてジャンルがあることなんて知るよしもない。好きになったはいいけどインターネットなんて夢の時代。中2やから金もなし。しかも学校にも行ってないから情報を手に入れるのは限られていた。
それからどれくらい時間が流れたかなー。高校のときはアニメ漬けやったし、戸川純の名前を出すのはなんとなくはばかれた。
あー今思い出した。高校卒業してプーしてたときに、ゲーセンでグラディウスやってるとき向かいに座ってきた(当時、2Pはテーブルの向かいでの対面)女の子に逆ナンされたんよ。その子が戸川純を好きっていうので、眠ってた想いが一気に加速。テープをもらってからレコードを買いだしたんやった。
なんか、すっぱい想い出やなー(*´ω`*)
翌年、美術の専門学校にいくとあらゆる世界が広がったなー。あ、ちょっと脱線していきそうなのでちょいとストップ。
かなりおっかけた。ライヴはもちろん、イヴェントにでるんなら駆けつけたし、映画も観たし。
でもバンド活動のほうは、ギターが脱退すると同時におっかけるのをやめた。
そうこうしてるうちに東京へいく決心がつき、アニメの仕事におわれながら、大阪では観れなかった独り舞台を観覧したりして「東京来てよかったなぁ」と想ったもんです。
忘れかけたときに、2年まえやったかな?伝説のライヴハウス「ナイロン100% 誕生40年」だかのイヴェントの情報を知る。当時、そこを拠点に活躍していた人たちが、同窓会のように集まる2ディズ。その1日に戸川純の名前をみつけたので久しぶりにわくわくした。
当日は6時間にも及び、脚と腰がとっくに限界に達したおおとりで出てきました。
愕然とした。激太り。なんでも腰をいわし、脚を複雑骨折し、ダイエットから拒食になってしまい、処方された薬が食欲増進剤のため太ってしまったと告白。知らなんだ。こんなことになってたなんて。
立ってられないので椅子に腰掛け、それでも唄う。いやーもう、声も出てないし痛々しいし、終始「うっわーー」という想いで聴いていた。
それ以降、ちらちらライヴで名前を見かけたけど追いかけることはせぇへんかった。だから今回のライヴも見送っていた。んー、でも急に気持ちがかわったんよねー。行こうって決めた。だってさ、デヴュー30周年の記念の年です。そのうち僕は28年くらい好きでいるんだもの。だからおととい行ってきた。
おっさんなんでもたれることが出来る場所をってんで、柱の横をキープ。よく観れる観れないじゃなく身体優先です。以前よりはだいぶ落ちつかはったかなぁと聴いてたら、2週間前まで拒食でようやく食べられるようになった。とのこと。そっか。いろいろあるよ。でも前より声もでてると感じた。座ってあの声量があるってすごいと想うよ。
なつかしめの曲も多く、往年のファンにも大満足でした。会場の年齢層はやっぱ高め(^ω^)そらそうだよね。みんなおんなじ時間を過ごしてきたんやから。ストーンズや清志郎さんは親子2世代の姿も多いけど、戸川純もあと10年するとそんなファンもみかけるようになるかもねー。親子でおんなじ曲を聴けるって素晴らしいと想うよ。
僕はあなたがどんな姿になろうとも、それで判断しません。僕の永遠のアイドルなんですから。
2010年6月18日金曜日
意味は「花」
僕が東京デヴューしたころにデヴューしたんだよ、確か。J-WAVEでもよくかかってた。
んー、でも聴いてるのはこの7~8年のもの。長野に居をかまえての音ですな。全体的にいいグルーヴっていうか、ユッタリズムがあると感じる。
ちなみに。長野に移ったのは子育てのためだとか。シュタイナー教育を実践してるみたい。
きのう初めてヒトカラしてきた。受付でなんか緊張したなー。その帰りに、このさいUAのCD買おうと飛び込んだ中古屋で運よくエンカウント。2枚買いました。
2010年1月30日土曜日
ベランダから
鉱物の塊でしかないのに、地上から見上げる月に世界中の人が想いをはせる。なんだか素敵じゃないですか♪
BGM 夜の散歩をしないかね RCサクセション
2009年11月15日日曜日
ながら族
絵を描いてるときはラジオでもロックや歌謡曲となんでもよかったんだが、勉強となると音を選ぶ。喋り声のラジオはだめで、ロックなんかも耳を奪われる。いろいろためしてみて落ち着いたのがクラシックやオペラ。
んー、インストってことではアンビエントもよさげなんだがも一つに感じた。
ところで交響曲は随所に曲の展開があるけれど、そこに耳は奪われない。しっかり聴きだせば聴きいってしまうんだろうけど、幸いに?今のところクラシックの耳はもってないのでテキストに集中できる。
クラシックを選ぶ基準は大きくわけてカルテットやクィンテットかオーケストラ。また作曲家や指揮者だと想う。交響曲がほしかったので、まずはカラヤンだろう。また、ジャンル問わずライヴ音源が好きなので1965年と67年の東京での公演を収録したバイエルン放送交響楽団とモスクワ・フィルのものをチョイス。
なんか素敵です。クラシックはアンプやスピーカーにこだわりたくなるのが解りました。
2009年11月6日金曜日
パート1とパート2
忌野清志郎&2・3'sに入ってる『あの娘が結婚してしまうパート2』のこと。単にこの前にボツがあって『その2』的にパート2としたのかと思っていたら、twitterのフォロワーさんが「古井戸にあの娘が結婚してしまうのパート1がある」と言っていて調べたらあった。全っ然知らんかった。んで買った。
2・3'sのほうが少し長く書き足されているが歌詞は一緒。歌は仲井戸'チャボ'麗市。この時期、歌声にコンプレックスをもっていたチャボさんだったので意外だった。でもうれしや。
実はこのレコード、何年か前に一度手にとっている。曲までしっかり見てなかったので棚に戻してしまった。以来あまり見かけなくなった。素敵な一枚が買えました。
古井戸、集めようと思う。











