2011年5月29日日曜日

VF-1Jもくるか!?www

『スターウォーズなどにインスパイアされたホンダのかっこよすぎるチョッパーバイク「Honda Chopper」 - GIGAZINE』

記事では明言を避けてるように見えるが、金田バイクのテイストもはいってるだろーw
んー、でも今の時代、金田バイクのチョッパーでなくてもいいけど、ビッグスクーターのような座るタイプでもいいような。金田バイクもそうなってるもんね。大友さんすげーなー。

2011年5月26日木曜日

大切なことだから

 もう一度きちんと貼っておこう。


Ferenc Cako the sand artist at SICAF.

Kseniya Simonova - Sand Animation (Україна має талант / Ukraine's Got Ta...


フェレンク・カーコさんとキャロライン・リーフさんのDVDが欲しいね~

2011年5月22日日曜日

今の心境は

 だいたいこんな感じ。



 いきおいで突っ走れるほどもう若くはない。

2011年5月15日日曜日

ヘンリー・ダーガー展

 ヘンリー・ダーガー。
この人は精神障害があるとかでアウトサイダーアートとか言われてるようだが、絵を描いてる(趣味ではない)人にインサイドもアウトサイドない。しいて言うならばワイルドサイドではないか。絵を生業としてる、没後認められるなど境遇は様々だが、絵を描かずにはいられない、抑えきれない衝動や、ほとばしる魂の力が未開の天地を拓き、高みに到達できる。その画面からにじみ出る生き様が観るものを魅了するんだと思う。ヘンリー・ダーガーさんの永遠のテーマは女の子、しかも幼女と言い切ってもいいだろう。かわいい女の子が描きたくてたまらなかったのだろう。もっと言えば、描くことによって、わが手中におさめたかったのしれない。コレクションや奴隷のように。

 ダーガーの世界を観ていて、頭にうかんだ作家がいる。田中達之さん、楳図かずおさん、諸星大二郎さん、草間彌生さんである。アーティストやクリエイターに誰それに似てるなんていうのは失礼極まりないけど、おそらく視線の先にある観ているものが一緒なのかもしれない。
> 生と死のコントラストが強い。そして、すぐそばに存在している。画面の中には生々しさはあるが、どこか箱庭的。それはすごく冷徹な目で捉えている感じ。

 非現実の王国では戦争が起きている。侵略者(おとなの男)に立ち向かう少女(ヴィヴィアンガール)。勝つ部隊もあれば捕まる部隊もある。捕まったら捕虜にはならず、殴打、絞首、磔、内臓もさらされる辱めを受ける。弱者に対して圧倒的な強者の力がある。そんな凄惨な描写なのに、どこかスコンと抜けてカラッとしている。でも現実の戦争で、前線で殺しあってる環境も同じで、たんたんとしているのかもしれない。
 
 女の子にちんちんがついてんだよなぁ。不思議だった。意味はない、たんなる気まぐれかもしれない。でも僕は、ひょっとして、女の子の裸を見たことがないのではないか…そんな風に感じた。男も女もみんなちんちんがついてると想ってたのでは。というのも、ついてない女の子の裸の絵は、腕や脚はぐいぐい描かれてるのに、股の部分は線が消えていってるような、描きたいけど描けない、そんなためらいの余白に思えてしまった。

 ちなみに、これは何年か前の映画のための予告。フラッシュアニメになってるけど、実際はこんなじゃありません。念のため。

2011年5月11日水曜日

台風だし梅雨の走りだし

 みずいろの雨、雨音はショパンのしらべ、雨をみたかい、雨は毛布のように、雨に唄えば、雨だれ、RAIN(マドンナ)、激しい雨…。たくさんありますなぁ。

あ、RCのナンバーは入れてません。今、降ってますからね、雨>雨上がりの夜空に。

 でも、やまない雨はない。希望がみえます。


 最近は外部の仕事がメインなので、雨が降ったらその場で閉店か休み。
たぶん今週は金曜まで休みかも。
 季節は夏に向かってますが、お財布は冬のまんまです。

 働きてー。まぁ、レポートができるんで嬉しくもある。ちゃんとやればね。いや、やらねば。

2011年5月8日日曜日

チケットはパスポート制


 きのうは雨の止むのを待とうかどうしようか迷ってたけど、お気に入りの傘をさせるので雨のそぼふる中、青山のワタリウム美術館に行ってきた。15年ぶりぐらいだ。
 展示内容はレッジョ・チルドレンについてのもの。くわしくは各々に任せるとして(←えっ!?)、イタリアの町、レッジョ・エミリアで生まれた子どもたちの教育のかたちの記録展。
 本当に素晴らしい教えと気づきをもたらせていた。どの子ども表情(顔も身体も一挙手一投足全部)もいきいきと伸び伸びとして、無限の可能性を実践していた。
 おそらく日本人の多くの親は、この展示や記録をみてもまぁ、不安に感じるかもしれない。なぜなら文字や言葉を覚えさせる『教育』の場面なんかないし、針金を切るニッパーみたいなものも渡して切らせてる『危ない』場面がある。何より社会に出たときに役立つような教育が見えないだろうから。

 日本は良くも悪くも鋳型にはめた教育だと感じる。『出る杭は打たれる』なんてことわざもある。目指すは一流でも、世間的には平均がいいのかなー。そのどちらでもおとなが子どもの成長に手かせ足かせをつけてる。その方が育てやすい(んだろう)し、社会にでても出る杭にならないだろうから。
 いろんな教育方法がある。そのどれも正しいように感じるし、どれにも改良点みたいなものはあるだろう。環境や手段はいかなるものであろうとも、子どもの意識が不在であってはいけない。

 会期中、子ども教育研究会という企画が全部で6回ある。ホストが佐藤学さんでゲストを交えての対談。1回目の谷川俊太郎さんと2回目の津守真さんの回を申し込んできた。こちらもすんごい楽しみ。

2011年5月5日木曜日

子供と子ども

 この文字の使い分けの意味を知ってる人は少ないんじゃないだろうか。
 僕も保育の勉強をするまで知らなかった。

 テキストを読んでいて不思議に思った。『子ども』や『こども』の表記はあっても『子供』はひとつもない。なんだろうなぁとグーグル先生にきいてみた。なんでも、供物とか、おとなのお供という意味が連想される、差別につながる、こんなことが書いてあった。

 スクーリングで学校に行ったとき、先生から詳しい説明はなかったが、保育者や保育に身をおくものは『子供』と書かず『子ども』か『こども』とするのが望ましいとおっしゃってた。

 今朝、ツイッターでこんなことをツイートした人がいた。
 『「子供」を「子ども」と表記するのは左翼イデオロギー。愛国者なら表記にご注意を。』

 はあ?って思ったよ。んで、そのすぐあとのツイート。

 『「子ども」で検索すれば嫌でも家本敏郎にたどり着くと思うのだが…。』

 知らなかったんで検索しましたよ。ウィキペディアによると共産党のイデオローグで、この人が「子ども」表記を提唱したようだ。

 文字の使い方だけで右だ左だと判断されるのか。というかさ、保育の勉強をしてるものには右も左も関係ないんだよ。それだけで愛国心がどうのとか、人が人を育てること、国もひっくるめて愛することって、そんなことで量れないはずだけど。じゃあなにかい?言いだしっぺが左じゃなけりゃ受け入れられたのかい?んなあほな。
ちっさいねぇ。どうにも器がちっさい。

 まぁ、そんなちっさいツイートにもやもやする僕もちっさいね。

 

2011年5月3日火曜日

されどぬか漬け


きのうはぬか漬けで飲みました。
と言っても、ぬか漬けしか用意してなかった僕は問題ありだよなぁ。パンチのあるお肉や魚を持ってきてもらったのが恐縮だったです。
漬け物はむつかしい。途中でひんぱんに味見ができんのがなんとも。なので、写真にはないなすびはまだまだ浅くてえぐみが強かった(´ω`)
それでもぬっくん(あ、ぬか床の名前ね)が全部やってくれるのが楽だね。
みょうがもセロリもにんじんもいい感じになりました(・∀・)

2011年5月1日日曜日

明日の神話


 ついったーで見かけた写真。

 webでこの絵のほかの画像を確認してみても、この部分には絵は描かれていない。グレーのパネル。
じゃあ、フォトショで加工?実際に描きこんだかはめ込んだ?

 この行為をみて思い出したことがある。
大阪のアメリカ村に黒田征太郎さんが描いた壁画。

今から20年?25年近く前になるかもしれない。
 ある日、この真っ黒い鳥だか人だかの絵にペンキが投げうけられたような色がついていた。
 「芸術を汚された」と口々に怒りや嘆きを口にする人が現れた。僕もその一人だった。ひどいことするやつおるなぁって話してた。
しかし、黒田さん本人は
 「3年か。意外と遅かったな。大阪もまだまだだな」
こんなひと言をおっしゃってた記憶がある。もっとやれ、とけしかけているように今は感じる。

 直接目にしてないので何ともいえないけど、岡本太郎さんが生きていたら、ひょっとしたらおもしろがっているのではないか。
 
 どういっいた形にせよ、太郎さんはこういう行動は想像されてただろうし、アートがストリートに出ると言うことは、こういうことなんじゃないかと思う。

 日本の明日はどっちだ!?
 
 【補足 21時30分】どうやらベニヤ板に描いたものを置いてあるようだ。きちんと採寸して。
で、もういっこ思い出したのは、以前観たNHKの番組で、作品を街に、路上に出したいという太郎さんに「ラクガキされますから」「彫刻が折れますから」と周りは説得する。
それに対して「ラクガキされたらまた俺が描いてやる!」「子どもが乗って彫刻が折れたならまたつないでやる。だから子どもを乗せてやれ!」