2009年5月24日日曜日

納棺夫日記 青木新門

 日本では古来より死、死体は穢れ、不浄のものとされている。
 「おくりびと」は観ていない。ドキュメンタリーではないから、綺麗に撮られているんだろう。

 この本、前半は仕事を通しての想い。後半は親鸞を引用しつつの死生観。なので前半に絞る。

 助産婦さんはメディアに取り上げられても、納棺をする人は忌み嫌われるんだなぁ。どちらも命に携わる仕事なのに。
 そんな日陰者の印象をより強くするかのように、曇天で寒く、雪景色が多い。

 大きく印象に残ったのが3つある。
 一人暮らしの老人の孤独死で、死後何ヶ月も発見されず、死体にたかる蛆をみて、蛆も精一杯生きていると悟ったこと。
 昔は細く黒く、枯れ枝のように死んでいったのが、最近は白くムチムチしているというくだり。
 死に場所が、自宅ではなく病院になったということ。

 うまくは言えないが、10年後読み返すと、また違った印象があるんだろうと感じる。

 自宅の、自室の天井を見ながら、家族に看取られながら僕は死にたいなぁと想った。


   ***

 この世に生を受けたモノは遅かれ早かれ必ず死ぬ。80で逝く人もいれば、生後1ヶ月で逝く人。哀しい、赦しがたい事件や事故で逝ってしまう人もいる。それが遅いのか早いのか、突然なのかは解らない。
 例えば。東京から大阪までという目的地があるにせよ、交通手段は様々。新幹線を利用する人もいれば、自転車で向かう人。アメリカ大陸からユーラシア大陸、そして本州へ渡り向かう人もいるかもしれない。速い人もいりゃゆっくりの人がいるように。

 みんな等しく何かしらのメッセんジャーとして生まれてきてるんだと想う。
 遺されたものを、ワンランク上の人間にするための試練のような、そんなメッセージもあるのではないか。メッセージを伝えおえたら現世での役目は終わり、あの世で魂の修行を続ける。そんな話を以前、髪を切られながらサロンで聴いたり話したりした。

 いつ死ぬか解らない。だからこそ一日一日を大切に、精一杯悔いのないように生きたい。
 危機感ではないが、人生80年として折り返し地点を過ぎた今。今さらながら強く想った瞬間だった。

1 件のコメント:

  1. 「おくりびと」は見ました。
    意識半分でしたが・・
    まぁまぁでしたよ。
    山崎つとむ?という俳優にずいぶん助けられてる映画だなぁ・・というのが感想。

    確かに遺体はきれいすぎたね。
    腐敗した遺体を納棺するという場面もありましたが
    リアルには描いていなかった。
    まぁそういう映画ではないからね。

    人生を楽しむには健康な肉体も大事ってことで
    健康診断に行ってきました。
    バリウムで死ぬかと思うほど気持ち悪く
    ひどい目に合いました。
    検査も命がけだなー

    痛いのとまずいのは耐えがたい。

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