「刑事ヨロシク」
ビートたけしやケーシー高峰らがでていた太陽にほえろをパロったもの。それにでていた「お通夜」とよばれるお茶くみ役に釘付け。いっぺんに好きになった。エンドテロップで名前を探し「戸川純」という名前を覚えた。それから少しして、清涼飲料水の「スイートキッス」のCMで、はっとした。
「戸川純や!」
ソロではなくゲルニカのプロモーションの一貫だったんだよねー。
それまで聴いていたのはアリスに井上陽水、中島みゆきやなんかのフォーク。ニューウェーブなんてジャンルがあることなんて知るよしもない。好きになったはいいけどインターネットなんて夢の時代。中2やから金もなし。しかも学校にも行ってないから情報を手に入れるのは限られていた。
それからどれくらい時間が流れたかなー。高校のときはアニメ漬けやったし、戸川純の名前を出すのはなんとなくはばかれた。
あー今思い出した。高校卒業してプーしてたときに、ゲーセンでグラディウスやってるとき向かいに座ってきた(当時、2Pはテーブルの向かいでの対面)女の子に逆ナンされたんよ。その子が戸川純を好きっていうので、眠ってた想いが一気に加速。テープをもらってからレコードを買いだしたんやった。
なんか、すっぱい想い出やなー(*´ω`*)
翌年、美術の専門学校にいくとあらゆる世界が広がったなー。あ、ちょっと脱線していきそうなのでちょいとストップ。
かなりおっかけた。ライヴはもちろん、イヴェントにでるんなら駆けつけたし、映画も観たし。
でもバンド活動のほうは、ギターが脱退すると同時におっかけるのをやめた。
そうこうしてるうちに東京へいく決心がつき、アニメの仕事におわれながら、大阪では観れなかった独り舞台を観覧したりして「東京来てよかったなぁ」と想ったもんです。
忘れかけたときに、2年まえやったかな?伝説のライヴハウス「ナイロン100% 誕生40年」だかのイヴェントの情報を知る。当時、そこを拠点に活躍していた人たちが、同窓会のように集まる2ディズ。その1日に戸川純の名前をみつけたので久しぶりにわくわくした。
当日は6時間にも及び、脚と腰がとっくに限界に達したおおとりで出てきました。
愕然とした。激太り。なんでも腰をいわし、脚を複雑骨折し、ダイエットから拒食になってしまい、処方された薬が食欲増進剤のため太ってしまったと告白。知らなんだ。こんなことになってたなんて。
立ってられないので椅子に腰掛け、それでも唄う。いやーもう、声も出てないし痛々しいし、終始「うっわーー」という想いで聴いていた。
それ以降、ちらちらライヴで名前を見かけたけど追いかけることはせぇへんかった。だから今回のライヴも見送っていた。んー、でも急に気持ちがかわったんよねー。行こうって決めた。だってさ、デヴュー30周年の記念の年です。そのうち僕は28年くらい好きでいるんだもの。だからおととい行ってきた。
おっさんなんでもたれることが出来る場所をってんで、柱の横をキープ。よく観れる観れないじゃなく身体優先です。以前よりはだいぶ落ちつかはったかなぁと聴いてたら、2週間前まで拒食でようやく食べられるようになった。とのこと。そっか。いろいろあるよ。でも前より声もでてると感じた。座ってあの声量があるってすごいと想うよ。
なつかしめの曲も多く、往年のファンにも大満足でした。会場の年齢層はやっぱ高め(^ω^)そらそうだよね。みんなおんなじ時間を過ごしてきたんやから。ストーンズや清志郎さんは親子2世代の姿も多いけど、戸川純もあと10年するとそんなファンもみかけるようになるかもねー。親子でおんなじ曲を聴けるって素晴らしいと想うよ。
僕はあなたがどんな姿になろうとも、それで判断しません。僕の永遠のアイドルなんですから。
0 件のコメント:
コメントを投稿