東京に来て、翌月丸一年になろうとしていた。動画マンであった。
10時過ぎだったかなぁ。いつものように遅刻ぎみに出社。休憩場所にみんな集まっていた。テレビかビデオを観ているんだなーと覗くとガレキが映っていた。
テレビの音声で聴こえたのか、誰かに聴いたのか、誰かが声をかけてきたのかは忘れた。急いで会社近くの電話BOXに駆け込んでいた。
友達の家に電話したあと実家に電話←順番が違うだろww
どちらも揺れは小さく怪我もなかった。
当事はテレビの無い生活だった。いつものように寝て、いつものように起きて、いつものように仕事をするために会社に向かった。携帯ラジオはあったが、そのころ家ではほとんどの時間CDを聴いていたので、全く知らずに倒れている阪神高速の橋脚を会社で観た。
兵庫県出身の子がいた。被害が最も大きい長田区に住んでる親戚と連絡がつかないと言っていた。
当日より2日目、3日目となるごとに、仔細な状況が伝わりだし、その酷さに目と耳を疑った。
ただね、ここは東京。やっぱり扱われ方はトップからどんどん後ろのほうになり、毎日じゃなくなり、1年に1回になった。それでも風化されないで特集を組む姿勢は評価したいし、忘れないようにして欲しい。
街はきれいになった。でも、そう見えるだけだと感じる。
今でも身体のケガ、PTSDで苦しむ方がいる。生き残ったことを哀しむ人もいる。
そして、震災後に生まれた子もたくさんいる。
目には見えない部分をきちんと伝え、命のバトンをつなげていくことが大切だ。
映像は関西電力のCM。5年ごと?にメッセージを伝えている。
そして、地震の瞬間の番組。鳥肌たった。こんな状況で落ち着いて行動できるだろうか。
こんなこと書いてるけど、防災グッズ、用意してません。きちんとします。
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